乙訓環境衛生組合の紹介
乙訓環境衛生組合は、昭和39年6月に当時の京都府向日町、長岡町及び大山崎村の2町1村(現在の向日市、長岡京市及び大山崎町の2市1町)の一般廃棄物の処理を共同で行うことを目的として設立された一部事務組合(特別地方公共団体)です。
組合紋章
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乙訓環境衛生組合の『乙』を図案化し、全体の和を表している。 (昭和63年4月制定) |
組合の愛称

乙訓環境衛生組合設立30周年記念事業の一環として、今、廃棄物処理のかかえるさまざまな問題の解決には、
住民の皆様の協力が不可欠であり、それにはまず乙訓環境衛生組合を住民の皆様に親しんでいただけるようにと
組合の愛称を募集しました。
応募点数113点の中から厳正に審査した結果、長岡京市にお住まいの石見邦子さんの作品「クリーンプラザおとくに」
に決定しました。
クリーンプラザという言葉には、クリーン(清潔)にする公共広場という意味があります。
クリーンプラザおとくにでは
「環境にやさしい廃棄物処理&リサイクル」を基本に、ごみ処理施設、リサイクルプラザ、プラプラザ(プラスチック製容器包装圧縮梱包施設・ペットボトル処理施設)、し尿処理施設及び勝竜寺埋立地の運営管理をしています。
特にリサイクルプラザでは、住民参加型施設として、リサイクルを学ぶ展示ホール、自転車・木製家具再生工房や廃ガラスを原料としたガラス工房を併設し、リサイクルの拠点として活用できる施設となっており、また、ごみ処理施設ではごみ焼却時に発生する熱を利用した発電設備を備え、「省資源・省エネルギー」を実践した施設でもあり、廃棄物循環型社会の形成に向け積極的に取り組んでいます。
乙訓環境衛生組合の歴史
乙訓環境衛生組合は昭和39年6月の設立以来、平成26年で満50年を迎えました。
設立当初は、小規模のごみ処理施設及びし尿処理施設で管内の一般廃棄物処理を行っていましたが、 その後、乙訓地域が京阪間のベッドタウンとして躍進を続けたことにより管内人口は増加の一途をたどり、 急速な経済発展に伴う生産、消費構造も大きく変化する中で、廃棄物の排出量も人口増加に伴って増大してきました。
また、平成の時代に入ると「再生資源の利用の促進に関する法律」が制定されるなど、 廃棄物処理も焼却処分から資源有効利用の促進へと移り変わってきました。
本組合では、これらの状況推移にあわせて逐次処理施設の拡充や更新整備を図り、 「環境にやさしい廃棄物処理及びリサイクル」を基本に廃棄物の適正処理に努めています。